Globalizationについて。Part4
こんにちは!skoladです!
今回もGlobalizationについて書いていきます。
今までの3記事は下のリンクから飛べます!
今回は「そもそもGlobalizationって何?」について書いていこうと思います。今までの記事の補足的な意味も込めて。
前回から大分時間が空いてしまいました。
すぐに記事を出そうと思ってたのですが、なかなかまとめられず、他にやることも増えてきたので記事を書いてる時間も少なくなってしまい更新するのに時間かかってしまいました。
しかも今回はいつも以上に長い記事になってしまいました、、、
すみません、、、、
という言い訳をはさんでからスタートします。笑
イギリスの社会学者、アンソニー・ギデンズ(Anthony Giddens)さんによると、
Globalization is defined as "intensification of worldwide social relations linking distant localities in such a way that local happenings are shaped by events occurring many thousands of miles away and vice versa."
だそうです。
日本語にすると、
グローバル化は、離れた場所と繋がり、世界規模での社会関係を強化すること。遠く離れた場所での出来事が、地元にも影響したり、またその逆も然りの関係性。と定義する
です。
しかし、Globalizationの定義づけは難しいです。
細かい内容まで定義づけしようとしたら論文とか書けるんじゃないですかね。(わからないですけど)
なので今回書く「Globalizationとは何か」は私が考えるGlobalizationについて書いていきます。これを基に今までの記事を書いてきたので。
Globalizationは大きく分けて三種類に分類されます。
1.経済的グローバル化(Ecoanomic Globalization)
2.政治的グローバル化(Political Globalization)
3.文化的グローバル化(Cultural Globalization)
ひとつひとつどんなことか軽く説明していきますね。
まず経済的グローバル化。(Economic Globalization)
経済の自由化(Liberalization)が進み、多国籍企業が力をつけたり、テクノロジーの発展により、経済面でのGlobalizationが進んでいます。
その背景には資本主義経済の登場・発展が大きくかかわってくると思います。
18世紀後半~19世紀中頃にかけて産業革命があり、その影響で資本主義が発展してきました。(いつ資本主義が形成・発展してきたのかは諸説ありますが)
そして資本主義の影響で経済の自由化(liberalization)が進みました。自由競争などに対して国家ができるだけ介入しない自由な経済活動を行うというものですね。アダム・スミス(Adam Smith)さんが提唱したものです。
自由貿易なんて言葉もでてきて国家が介入しないで、生産者や商人が自由に貿易をすることを目指していました。完全な自由貿易ができているかと言われるとそういうわけでもないのですが、現在はWTO(世界貿易機関)が各国間のルールなどを決めて自由貿易に近いことをしています。
このようにliberalizationが進み、多国籍企業というものが登場してきました。
一つの国だけに拠点を置くのではなく、複数の国に拠点を置き、経済活動をする企業のことです。
日本の例で言うとトヨタ自動車さん、任天堂さんのような企業、アメリカの例で言うとGoogleさん、Amazonさんなどの企業のことです。(もちろん色んな分野でたくさんの企業があります。)
これらの企業は、元々は一つの国の企業(トヨタ自動車さんでいうと日本)ですが、様々な国に拠点を置き、経済活動を行っています。
そもそもの多国籍企業の始まりは東インド会社だと思います。年代的に産業革命や資本主義経済の確立からずれてしまうところはありますが。
ですが、自由貿易などの影響により、貿易がしやすくなったことは事実でその影響もあって多国籍企業が増加してきたのではと思います。
産業革命から資本主義経済が確立し、経済の自由化や多国籍企業の活発な活動により国同士での経済活動が活発になった。この流れにより、経済的グローバル化が進んでいると思います。
次に政治的グローバル化(Political Globalization)
政治面でのグローバル化には理論上、2つの構想があります。
一つ目は、世界政府という構想。
世界政府とは、国家権力の更に上に位置し、世界全体を統治する政府のことです。
世界全体を政治的・経済的・軍事的に統治するようなことですね。
これまでの歴史上、世界政府というものは実現していません。
EUがそれに近しいものではありますが、ヨーロッパ圏のみですし、そもそも世界政府という考えを前提に作られたものではないのでEUも世界政府とは呼べません。
また、国連などの国際機関もいくつかありますが、これらもあくまで”国際機関”であって”政府”ではありません。様々な国同士が世界平和のために話し合いを設けているといった感じですね。
世界政府が存在する世界なんて現在のところ、漫画・ONE PIECEくらいでしょうか笑
二つ目は、多国籍企業が支配するという構想。
経済の面でお話しした多国籍企業。この多国籍企業が力をつけて政府機関を撤廃し、世界を支配するのでは?といった構想です。
実際、大きい企業になると、一国のGDPよりも多くの額を稼いでいます。
経済面で強いというのは正直かなり大きくて。
経済的力が大きいと権力にも関わってくると思うので、あくまで理論上の話ではありますが、多国籍企業が各国よりも大きい権力をもって国際政治に介入し、世界を統治し始めるのでは…?
これら二つはあくまで構想のお話。
実際の政治的グローバル化は植民地問題や戦争などの歴史的背景が強いように思えます。
敗戦国や植民地となった国が政治的にも支配されるなんてことは歴史を見てればよくみかけますね。
日本も第二次世界大戦後に(目的がどうであれ事実上)GHQによって統制されていましたし。
もしかしたら語弊があるかもしれませんが、Globalizationというのはある種、グローバル化という名の植民地化なのかもしれませんね。
次に文化的グローバル化(Cultural Globalization)。
ここでは日本だけに絞ってお話しします。ほかの国のことあんまりわからないので。(すみません。)
文化的グローバル化はAmericanization(米国化)もしくはWesternization(西洋化)、
また、McDonaldization(マクドナルド化)だと思っています。
まあ、文化だけの話かと言われるとそうでもない気もしますが、とりあえず文化的側面だけを見ます。
簡単な例で言うと、ファストフード食べたり、洋風な家建てたりなど。
ご存知の通りこれらは元々日本独自のものではなく、アメリカやヨーロッパから取り入れられてきたものです。洋風って言ってるくらいですし。
始まりは、明治時代の文明開化から。(きっかけは黒船来航かもしれませんが)
19世紀後半頃から文明開化によりWesternの考えが日本にも取り入れられてきました。洋服を着るようになったり。
それから時は進み、第二次世界大戦が終わった1945年。そのあたりからGHQによる統制が始まり、政治面でも経済面でも(アメリカ中心の)色々な国の考えが取り入れられてきました。
そこから高度経済成長期が始まり、人々の暮らしが変化してきました。
「文化」をどう定義づけるのかにもよって話は変わってきますが、言ってしまえば「文化=人」です。
そこには人々の暮らしだったり、価値観だったり、宗教だったり、色々なものが含まれると思います。
この文化には経済、そして政治の影響が大きくかかわってきています。
個人的に、経済→文化&政治の順番がキーだと思います。
順番といいますか、経済が大きな基盤になっていて、その上に政治、文化があるイメージです。
経済の発展により海外から”モノ”が入ってきて、人々の暮らしが変化し、その変化と同時に(もしくはその変化に合わせて)制度なども変わってきます。
経済の発展により海外から”モノ”が入ってきて、”モノ”を管理するために様々な制度などを調整し、人々の暮らしが変わります。
(”モノ”は”物”ではなく、”モノ”です。商品であったり概念であったり様々なモノ。)
さて、Globalizationによって他国のモノがたくさん流れ込んできたわけですが、Globalizedされたとしたら”各国は一つの文化しかもたない世界”になってしまうのでしょうか?
例えば、Americanizationが進み、世界の国々の文化がAmericanizedされたらこの世界は全てアメリカになるのでしょうか?
Globalizationはある種、Monocalturalization(単一文化になること。たぶん造語。)なのではないかと思います。
ですが、Monoculture(単一文化)はありえないと個人的には思います。
Capitalismの影響で合理主義・効率主義になり、あらゆる面で効率よく、無駄を省くことがいいことだとされています。
マクドナルドのサービスのように効率よく無駄を省き時短でサービスを提供するMcDonaldizationという価値観がCapitalismによって生まれました。
つまり、Globalizationによって人の価値観は変化してきました。
そして価値観だけでなく、衣食住も変化しました。洋服を着て、洋食やファストフードを食べ、洋風な家を建てるようになりました。
ですが、このように価値観や暮らしがかわっても、変わらずに持ち続けている日本人の心のようなものはあります。
例えば、普段は洋服を着ていますが、和服をみて美しいなって思ったりしませんか?
なんだかんだ畳が恋しくなったり、和室っていいなって思いませんか?
たしかに、他国のモノが入ってきて価値観や生活は変化したかもしれませんが、根幹にあるものはかわらず持ち続けているのではないでしょうか。
ですので、「変化」というよりは「統合」してその国独自のモノになっていると思います。和洋折衷ってやつですかね。
また、土地や気候、宗教などによっても文化は変化してきます。
世界全体が全く同じ土地や気候なんてことはあり得ません。(Globalizationが進めば、宗教はもしかしたらどの国でも同じ宗教が見られる可能性もなくはないですが)
なのでMonocalturalizationはあり得ない、と私は思います。
と、ここまで三つのGlobalizationについて話してきましたが、三要素全てに教育はかかわってきます。
教育は、特に幼少期の教育なんかは、人々の人格形成や考え方、行動、意思などにも大きくかかわってきますし、それが経済、政治、文化に影響してくると思います。
その教育がGlobalizedされたらどうなるのか?
こんなお話があります。
Liberalizationによって増えた多国籍企業。あるアメリカの教育を取り扱ってる多国籍企業が貧しい国に学校を建てて現地の人を雇いました。
貧しい国の人々は学校を建ててもらえたことで、雇用も増えるし子どもたちを学校に行かせることが出来、喜びました。
ですがこの学校は完全な”アメリカ式”の学校でここに通う子どもたちはAmericanizedされています。人格形成や考え方に大きな影響を与える教育機関をつかってAmericanizationを進めます。
こういった学校を徐々に増やしていき、Americanizationを推し進めていき、多国籍企業が力をつけたら…
Globalization(Americanization)が達成され、多国籍企業による支配が一歩前進しますね。
これを今回の日本の例に当てはめてみます。
入学時期の変更がAmericanizationの影響とは正直言い難いですが、これまでの記事で書いてきた変更された後の影響には少なからずかかわってくるかと思います。他国のCultureが入ってきやすくなりますからね。
例えば、教育の方法を改めるとする場合、他国(例えばアメリカ)の教育機関ないし教育を取り扱ってる企業に助言を求めるとします。したことないことを日本独自で始めるよりかは、すでに経験のある他国に助言を求めた方が効率もいいし、日本はそういうことが得意だと思います。笑(輸入したものを発展させたり)
そうした場合、先程の例のように、日本も徐々にGlobalization(Americanization)が推し進められていくかもしれません。(もうすでにされてるかもしれない、とかは言わないでおきます。。。笑)
まあ、完全にAmericanizedされるわけではないと思いますが。上でも言った通りMonocalturalizationはあり得ないと思ってるので。
これはあくまで私の考えです。でもこんなの起こらないよとは言い切れない気もします。
長くなってしまいましたが今回はここまでで。
短くうまくまとめられず、申し訳ありません。
ですが、やーーーっと一区切りついた気もします。笑
ツッコミどころ満載かもしれないので何かありましたらコメントなどで指摘していただけるとありがたいです。ここ違くない?とか私もそう思う!とか聞けたら嬉しいです。
最後まで読んでいただきありがとうございました!